2008,07,01(火)エッセー
6月が終わり今年も半年を終えた。
「時間」というリソースの価値が非常に貴重だと感じる。
VOXの更新も久々になるが、これも僕自身の「時間」の使い方に変化が起きているせいだ。
しかし面白いことで、変化が起こらないほうが不自然なんだ。
だからこそ継続という行為に価値が出てくる。
自らの現状維持システムを破壊していかなければ、
いつまでも、同じ状態だろう。
だから、例えどんな変化であっても、それは歓迎すべきことだと思う。
今年も夏が来る。
【ことば】
「大切なことは変化を当然のこととして受け止め、それに順応していく気持ちや振る舞いである」
(桜井 昇一)
それでは、yasでした。
2008,05,31(土)エッセー
さて、“背水の陣”で戦闘に入ることになった。
この行動の末に何が待っているかは、神のみぞ知るである。
しかし、僕は、
「行動に移さないことが甚大な機会損失であること知る」
という【ことば】に従って行動しようと思う。
一方で、結果を出すためには、
行動の前の「思考」にこそ、その成否の鍵があることは知っている。
でも、幾ら考え続けても、本当に“正しい正解”は、僕の頭に浮かんでこない。
だから、行動が先にくる。
そして、行動したことによる反応に対しての
更なる対応がスピードを持ってもたらされなければならない。
それには、やはり(堂々巡りだけれど)思考による計画が必要になってくるんだ。
計画とは、スピードにとって非常に必要な要素である。
計画(仮説)があるから躊躇せずに、一心不乱にTOPスピードに上げられるのだ。
その計画をどこまで緻密に練り上げられるか?
スピードはそこにかかっている。
「思考」⇒「行動」⇒「スピード」⇒「思考」⇒「計画」⇒「行動」⇒「スピード」⇒「思考」・・・。
頭の中がぐるぐるぐるぐる。
逃げ出してしまいたい不安と戦いながら、
僕等は今日も生きていく。
誰にも“罪”はない。
【ことば】
「行動は危険と犠牲を伴うものだが、ぬくぬくと何もせずにいることによってもたらされる
長期的な危険と犠牲と比べれば、たいしたものではない。」
(ジョン・F・ケネディ)
それでは、yasでした。
参照:
2008,05,22(木)エッセー
新たなる行動へ。
森の人さんが、記事に書いてらっしゃるのだが、
人が自らの判断の基に、行動を起す姿は美しい。
そして、すべてが、恐らくはその一歩から始まる素晴らしいことだと思う。
そして、よく言われていることだけれど、その最初の一歩がなかなか大変なんだ。
僕等は、よく偉大な人物の活躍を色々な場面で目にする。
彼等は、その素晴らしい行動力で、結果を出し、広い範囲を勢力的に動き回る。
まるで、無限のエネルギーがその人物に充満しているかのようだ。
交友関係も広く、時間の使い方が非常に効率的であるように見える。
実際、そうなのだろうが・・・。
一方、僕等、凡人は、小さな目標ひとつこなすのに、
なんて、無駄が多く、不器用で、努力の割りに報われないのだろうと感じてしまう。
憧れの人物と、一体、何が違うというのだ!
と感じてしまう。
でも、きっと、それは違うのだ。
自らの「内なる声」に突き動かされ、
周りの他人達からは、批判されたり、反対されたりしながらも、
自らの判断において、行動を起す“第一歩”は、
きっと、どんな偉大な人物の、どんな優秀なパフォーマンスの行動よりも
エネルギーが必要なのだ。
だから大変だし、上手くいかないのだ。
そして、なるようになる。
逆にいうとなるようにしかならない。
軌道に乗るとどんな偉大な行動も軽々とこなすようになるのだろう。
まさに、ROCK’N ROLL!!
その行動を回し続ける行為こそが、
偉大な人物を作り、素晴らしいパフォーマンスを生み出すのだ。
どんな“かたち”に結果がなろうとも、
状況に応じて、回し続けることが、僕等の存在価値かも知れません。
【ことば】
「恐れぬかぎり、人生は素晴らしいものだ」
(チャールズ・チャップリン)
それでは、yasでした。
参考:
遅ればせながら・・・
祝!ご結婚!!
今井寿様!!
「たのしんでまっけ?」
映画『ラスト・エンペラー』(The Last Emperor )は、
1987年公開のイタリア・中華人民共和国・イギリス合作による映画。
第60回アカデミー賞 作品賞
ならびに第45回ゴールデン・グローブ賞 ドラマ部門作品賞受賞作品。
清朝最後の皇帝で後に満州国皇帝となった愛新覚羅溥儀の生涯を描いた歴史映画。
溥儀の自伝である『わが半生』を原作としてベルナルド・ベルトルッチが監督、脚本を兼任した。
メインキャストである溥儀役は、中国系アメリカ人俳優のジョン・ローンが演じた。
また当事、紫禁城で世界初のロケーションを行われたことが公開前から大きな話題を呼んだ。
観光名所として一日5万人が訪れる紫禁城を、
中華人民共和国政府の全面協力により数週間貸し切って撮影が行われた。
色彩感覚豊かなベルトルッチの映像美は圧巻の一語に尽きると高い評価を受けた。
特に紫禁城太和殿での即位式の荘厳、華麗なシーンは映画史に残る有名なシーンとなった。
この映画に坂本龍一は俳優として「甘粕正彦」役で参加している。
「甘粕正彦」役には、当初映画監督の大島渚を予定していたが断られた。
そのため、既に音楽担当に決まっていた坂本龍一が代役をつとめることになった。
サウンドトラック『ラスト・エンペラー』の作曲は
坂本龍一、トーキング・ヘッズのデヴィッド・バーン、中国の作曲家コン・スーが担当。
当初は坂本龍一とデヴィッド・バーンのコラボレーションで制作される予定だったが、
両者のスケジュールが合わず実現しなかった。
それぞれが作った楽曲には音楽的な関連性は無いが、
発売当時のレコードA面に坂本龍一、B面にデヴィッド・バーンが割り振られ、
坂本が静・暗、バーンが動・明という構成になっている。
編曲は上野耕路と野見祐二、フェアライト・プログラミングにハンス・ジマー、
指揮はギャヴィン・ライトが行っている。
また坂本龍一は劇中に使用されているフレーズをエンドロールに盛り込む手法を この映画から取り入れている。
テクノポップ全盛の中で、こういう音楽が出来上がるということが衝撃的でもあった。
本作品でアカデミー賞作曲賞(坂本龍一は日本人として初の受賞者)、
英国アカデミー賞、ロサンジェルス映画批評家協会賞、
ゴールデングローブ賞、グラミー賞映画・テレビ音楽賞を受賞した。
坂本龍一はこれを機に「世界の坂本」と認められ、
活動の拠点をアメリカ・ニューヨークに移すこととなった。
映画公開前のプロモーション的な意味合いが大きかったが、
坂本龍一の生演奏と当時、放映したのも『夜のヒットスタジオ』であった。
敵役であったジョン・ローンと坂本龍一は、
クランク中、お互いの役作りの為に極力会話を避けたと語っていたが、
演奏後、二人が抱擁するシーンが印象的である。
【ことば】
「衆に優れた人物は、運に恵まれようと、見離されようと、常に態度を変えないものである」
(マキャべリ)
それでは、yasでした。
この日、1988年 6月22日 尾崎豊は
CX『夜のヒットスタジオ』で最初で最後のテレビ出演をした。
こういったTVを媒介にしないアーティストの代表格であった尾崎豊が
その姿をTVに映し出したのも印象的であったが、
前年、彼は、社会にニュースとして話題を振りまいていた。
そのニュースは、いわゆる芸能人にありがちなものであったが、
十代の代表としてメッセージは世間に振りまいていた彼が、
逮捕されることは、当時、十代を過ごした者としてはショックを受けずいられなかった。
そして、その新聞記事に載った彼の姿がまたショックであった。
おせじにもスリムとは言い難いそのルックスで、
成人してしまった十代の英雄は、
過去の輝いた力強い眼ではなく、
どこか伏し目がちに力なく淀んでいたように記憶している。
中学時代の同級生の彼の熱狂的な信者(ファン)であった女の子の顔がなぜか思い浮かんだ。
彼女はこのニュースを聞いてどんな気持ちでいるのだろう?
1987年12月22日、尾崎豊は覚せい剤取締法違反で逮捕される。
そして三ヶ月の拘置所生活の中でもがき続けながら生み出した楽曲である。
尾崎豊はこの三ヵ月後に東京ドームを満員にしてみせた。
しかしこの4年後に帰らぬ人となった。
この時は、ただ「ああ」と思った。
なぜか、ショックというよりもまだ中学時代の同級生の女の子の顔が浮かんだ。
いや、はっきりとはその顔も思い出せなかった。
しかし、「尾崎って凄い!」と語り合ったあの日は思い出した。
この日、彼はいったいどんな気持ちでこの楽曲を歌い、
どんなメッセージを皆に伝えようとしたのだろう。
そして、あの彼女はどんな気持ちであの楽曲を聴いていたのだろう?
【ことば】
「俺はただ自由になりたかっただけなんだよ。
俺はもう偽善的な礼拝なんか絶対うけやしねぇぜ。
そうだろう・・・自由じゃなきゃ意味がねぇんだよ!
お前ら本当に自由か!!」
(尾崎 豊)
それでは、yasでした。
参照:尾崎豊が太陽の破片となった日
誕生、WEDNESDAY~LOVE SONG BEST OF YUTAK...
B・BLUE
作詩:氷室京介/作曲・編曲:布袋寅泰
BOØWY の4枚目シングル楽曲で、制作段階では「TRUE BLUE」というタイトルだったが、
MADONNAが同名の曲を発表したため、変更された。
収録されたアルバム『BEAT EMOTION』はBOØWY(の5枚目のアルバムで、